1000年女王(劇場版)
1.『1000年女王』オリジナルサウンドトラック
劇場版の『1000年女王』は、TVと同じキャスティングと舞台設定を使いながら、独特の雰囲気を持っていた作品でした。TVでは1年間使って表現したラーメタル接近という事件を、僅か2時間の中に盛り込むわけですから、物語の描写は最初からラーメタル関連に絞られ、TVの最初の半年を費やして描かれていた1000年盗賊の件はみごとにカットされていますね。
TVでは確かラーメタルは地球まで来ていなかったと思いますが、劇場版では地球に接近したラーメタルとの戦いに物語を絞ってしまい、そのためにラーメタルの神秘性が作品全体を覆うことになり、1000年女王の存在そのものと合わせて非常にファンタジックな作品に仕上がっています。
この映画を語る上でけっして無視できないのは、喜多郎の音楽でしょう。
当時はシンセサイザーというと、YMOに代表されるテクノポップが主流で、他に富田勲氏あたりがクラシック音楽を素材にアルバムを出しているというところが一般には馴染みのあったぐらいだったと思います。
そういう時にNHK特集の『シルクロード』の音楽で脚光を浴びたのが喜多郎でした。シンセサイザーというと、そのエレクトリックな人工音を前面に打ち出した音楽が常識ともいえる風潮だった時代に、自然に溶け込むような独特の音色を奏でて、聴くものに新鮮な驚きを与えてくれたのが喜多郎の音楽だったのです。
劇場版『1000年女王』の音楽担当が喜多郎ということで、アニメファン以外の一般的な音楽ファンの間でも話題になっていたようです。しかし、ダビングレベルの問題からか、実際に劇場に流れた音はけっこう音割れしていて、喜多郎の繊細な詩情のある音楽を楽しむには難しそうでした。
現在発売されているLDも、昨今の高品質なテレシネが行われているものではないので、音の方は映画で聴くよりも酷いぐらいのような気がします。やはりサントラ盤*1で聴くのが一番でしょうけど、残念なことにCDが出てないのですね。*2(一部の曲は喜多郎の他のアルバムにも収録されていたはずなので、そちらでCDになっているかもしれませんが……)*3
A プロローグ
1.スペース・クイーン
2.星雲
3.光の園
4.まぼろし
B1.コズミックラブ(宇宙の愛)
2.自由への架橋
3.プロメシュームの想い
4.未来への讃歌~エピローグ
A1は映画冒頭のタイトルに使われている、いわばこの作品のメインテーマというべき音楽です。主題歌の「星空のエンジェル・クイーン」と同じメロディーを使っていますしね。1000年女王という神秘的な存在の中に遥か太古から未来永劫へと続く永遠の時の広がりを感じさせてくれる曲です。
映画では冒頭のラーメタルの後に入り、その後に東京の雪野弥生のマンションのシーンが入るため、シーンのつながりなど何も無い、独立した使われ方がされているのが曲の広がりを殺してしまっているような感じがして、少し残念ですね。
中盤、夜森が始をかばって被弾し、ラーメタルの司令船に特攻していくシーンに使われていたのも印象的です。
A2は確か、大気の橋が架かってラーメタルから移民船団が発進するシーンに使われていたような気がします。開けてきた未来の希望に向かって静かに飛び立とうという感じがする音楽ですね。けっして曲そのものは明るくはないのですが、希望を持ってに羽ばたこうという雰囲気がする曲です。
A3は終盤、ラーレラの宮殿船の中で、瀕死のドクターファラが弥生を守ろうとラーレラを必死で抑え、最期を遂げる辺りに使われていた音楽だったと思います。非常に緊迫感を出しながら、それでいてラーメタル人の悲劇の深い悲しみをも巧妙に感じさせてくれます。
A4はラーメタル人の目覚めのシーンに使われていた曲です。1000年に1度の目覚めの時を希望と歓喜にあふれて迎える、そういうラーメタル人の心境を描いた名曲です。この作品の音楽はどうも1000年女王側よりもラーメタル側を主体に作られているような感じが強いのですが、この曲なんかはそのもっともたるものでしょうね。
この映画、音楽に重点を置いて見てみるとラーメタル人に感情移入してしまいますよ。きっと……
B1は具体的な使用箇所を思い出せませんが、タイトルがすべてを語っているように、明朗で希望にあふれる曲ですね。
このサントラ盤、曲の区切りが無いので、ふと気付くと次の曲に入ってしまっているということが多いのですが、この曲なんかはその顕著な例です。富田勲氏の『ノストラダムスの大予言』もそうだけど、シンセ音楽のアルバムにはこういう片面まるまる連続しているものが多いのですが、映画のサントラ盤ぐらいは区切りを付けて欲しいです。
B2は1000年女王の方舟が発進するシーンに使われた音楽だったと思いますが、非常に緊迫感を感じさせながらも雄大で力強く飛び立つ印象を感じさせる曲です。見事にダイナミックなスペクタクルを感じさせてくれました。その他にも甦った歴代1000年女王たちがラーレラの宮殿船を攻撃するシーンにも使われていました。
いわば太古から受け継がれてきた歴代1000年女王の地球への愛情を表わした曲と言えるでしょう。本サントラ盤中の最重要曲でしょうね。
B3は再びメインテーマですが、やや繊細なマイナー調の感じの曲で、ラーメタル人でありながら祖国に敵対し、自分の愛する地球人のために戦う1000年女王の悲しみを表わした音楽ですね。セレンと夜森の死に、歴代女王の復活をミライに要請するシーンや、ラスト付近で使われていました。
B4はラーメタルから宮殿船が発進するシーンに使われていた曲ですね。種族の未来のために引き返すことの出来ない地球への旅に力強く旅立っていく彼らの決意や希望、そして悲しみなどのすべてを包み込んだ音楽です。
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2.交響組曲『1000年女王』
主題歌を除けば、全曲シンセサイザーというアニメ史上でも画期的な劇伴音楽*4となった『1000年女王』ですが、単にシンセだけのBGMなら昨今のアニメでは珍しくもありませんね。でも、安価なシンセがありふれ、シンセ奏者が珍しくもない現在、音楽製作にかかる人件費節約のためだけのようなシンセ音楽とは違い、当時はむしろシンセにしたほうが色々と費用が嵩んだのではないかと思います。
喜多郎という、当時きってのシンセ奏者を起用したのは、話題作りという面もあるでしょうけど、彼自身が音楽に寄せている自然への愛情と造詣の深さというものが、『1000年女王』という作品をうまく引き立ててくれるのではという期待が大いにあったのではないかと思います。
いま劇場版『1000年女王』といえば真っ先に喜多郎の音楽を思い浮かべくらい切っても切り離せないものですから、この起用は大正解だったのでしょう。
でも、それまでのアニメアルバムがシンフォニーを売り物にしていたことに比べて、全曲シンセサイザーというサントラ盤はメーカーにとっては不安だったのか、すかさずシンフォニーバージョンのアルバムも出てきました。*5
A1.QUEEN MILLENNIA 永遠の光
2.COSMIC LOVE
3.まぼろし
4.自由への架橋(FREEDOM)
B1.星空のエンジェル・クイーン
2.未来への讃歌
3.ANGEL QUEEN
A1はこのアルバムのオリジナル曲。B1がデラ・セダカの主題歌で、B3はそのシングル盤B面に収録されていたシンフォニック・アレンジ曲。
演奏はロスアンジェルス・シンフォニック・オーケストラ。デラ・セダカ歌う主題歌のレコーディングのついでにレコーディングしてきたという匂いがするのですが、どうなんでしょう。
アニメの音楽はたいていは国内のオーケストラですけど、ごく偶に海外に行ってレコーディングしてくるのがありますが、個人的には好きではないですね。演奏の雰囲気が国内のオーケストラと違う感じがありますから。*6
このロスアンジェルス・シンフォニック・オーケストラにしろ、昨年『交響詩セーラームーンR』のシティ・オブ・ロンドン・シンフォニアにしろ、聴いてみたところでは管楽器、それもトランペットやホルンのような派手な楽器ではなく、フルートやクラリネットの音が目立つような……録音場所の問題もあるのでしょうけど。*7
まあ、オールマイティな日本のオーケストラと違って向こうはレパートリーがある程度決まっているから、楽団によって演奏できる曲の傾向が決まっているのかも知れませんし……向こうでは映画音楽をアレンジしたシンフォニーはムード音楽的に演奏するのがスタンダードなのかもしれませんね。
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3.「星空のエンジェルクイーン」について(2019年補足)
この作品のサントラは『松本零士音楽大全』に収録されたのが唯一の国内でのCD化で、今に至るも単品では発売されていません。(『交響組曲』は言うまでもなし)
主題歌「星空のエンジェルクイーン」はその『松本零士音楽大全』にも「権利上の都合」ということで収録されませんでした。おそらく当時はポニーキャニオンとデラ・セダカの契約が切れていたからだと思われます。(『松本零士音楽大全』はコロムビアファミリークラブからのセット販売ですが、『1000年女王』のディスクはポニーキャニオンの発売という形になっています)
コロムビアからカバー曲が出ていたTVシリーズの主題歌と違い、この曲に関してはその当時カバー曲が出てたわけでもないので、オリジナルが復刻できなけりゃCDで聴けないわけですね。そんなわけで、『松本零士音楽大全』に入らなかったことで一時は絶望的な状況でした。
似たようなものは(アニメじゃないけど)『ゴジラ(1984)』の主題歌「ゴジラ (愛のテーマ)」。オランダのザ・スター・シスターズという女性グループが歌っていたのですが、90年代半ばに東芝EMI(ユーメックス)から『ゴジラ大全集』というサントラ盤シリーズが発売された時には、日本での契約が切れていたということで収録されませんでした(映画公開当時のオリジナルのシングル盤はワーナー・パイオニアの発売だったかな)。で、代わりに(公開当時のサントラ盤発売元の)キングレコードの出してたカバー曲が収録されていました。
こちらは2000年代になって東宝ミュージックが出した『ゴジラ・サウンドトラック・パーフェクト・コレクション』のシリーズで何とか収録してくれましたが。
さて、「星空のエンジェルクイーン」の方ですが、その1,2年後に何故かいきなりヒーリングミュージック系のアルバム*8に収録されて発売されたのでびっくりしました。喜多郎とか宗次郎*9とか、当時のそういう癒し系の音楽を集めたオムニバス盤なのですが、基本的にインスト曲メインのアルバムでいきなりボーカル曲というのはアルバムコンセプト的にどうなのかって感じがしないではないのですが、まあ喜多郎にかこつけて「星空のエンジェルクイーン」を紛れ込ませたというのが本当のところなのでしょう。
なにはともあれ、これでようやく「星空のエンジェルクイーン」がCDで聴けるようになりました。とはいえ、アニメ関係とは全く無縁のレーベルから出てる商品なので、当時はもうGoogleもAmazonもあったとは言え「ググレカス」なんて言葉はまだ一般化してない頃だから、何も知らないところから見付け出すのは困難だったかもしれません。
もっとも、現在はデラ・セダカ自身のアルバム*10がCD化されていて「星空のエンジェルクイーン」もそこに収録されているので、音源としてはより入手しやすくなってると思います。
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あとがき(2019年版)
シンセ音楽なんて冷たくて無機質なもの。そういうイメージを持っていた時に耳に入ってきた喜多郎の音楽は衝撃的でした。下手な生楽器の演奏以上に暖かく心地良い音楽。それまで偏見をもっていたシンセサイザーに対する感覚を改めるようになってしまいました。
シンセと言えばテクノポップというイメージの時代に、むしろ逆に自然に溶け込んでいくかのような喜多郎のサウンドは斬新でした。
でも、アニメ音楽でシンセを前面に押し出した作品は続きませんでしたね。確かにシンセサイザーという楽器はどんどん生楽器に置き換わっていくのですが、そこで奏でられる音はPM音源とかFM音源の尖った電子音ではなく、より生楽器の音の再現を目指したPCM音源に変わっていきました。もはやシンセだからといって独自の音楽ジャンルを奏でる時代ではなくなったのです。
とはいえ、PCM音源が一般化するのは90年代になってからなので、しばらくはFM音源の時代が続くのですが、喜多郎のような独自のサウンド世界を持つアーチストは現れませんでした。
とは言え、初期の久石譲氏とか川井憲次氏とか、シンセ音楽を抜きに語れないサウンドを紡ぐ作曲家も多くいますので、バッサリという断絶があるわけではありませんが……
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(記事初出 ニフティサーブ・アニメフォーラムマガジン館 95.03.04)
TVシリーズ同様、サントラ盤のCDが出てないのはいかんともしがたいのですが、とりあえず聴けるものを探してみました。
「コズミックラブ」のみ収録なら
ザ・ベスト・オブ・テン・イヤーズ
「コズミックラブ」の演奏を含むライブ盤
亜細亜/シルクロードの旅
サントラの海外盤CD。 非正規品というわけじゃなく、海外での販売権を持ってたメーカーが独自にCD化したみたいですが、アナログ盤から音源を取ってるのか音質はよくないらしいです。 相当なレア物なので値段は……。あくまで、こういうものもあるという参考に。
Millenia
ついでに主題歌の収録CD。こちらの入手は容易でしょう。
「星空のエンジェルクイーン」を含むデラ・セダカのアルバム(現行商品)
ガール・フレンド/I’M YOUR GIRL FRIEND
「星空のエンジェルクイーン」が最初にCD化されたアルバム。
OASIS(2)~Quality&Relaxing~
*1:『東映映画「1000年女王」オリジナルサウンドトラック』(C28G0124 82.02.-- ¥2,800)
*2:昔、海外盤で『Millenia』というタイトルで出てたみたいで、Amazonのマーケットプライスとかヤフオクとかに出てくることがありますが、あまりにレア過ぎるので相場は覚悟の程を。というか、直接海外のAmazonとかから中古品を入手したほうが安く済みます(物があればだけど)。あくまで喜多郎のアルバムという体裁の『1000年女王』とは無関係のジャケットですね。
国内盤としては後に『松本零士音楽大全』に全曲収録されていますが、それっきりです。
*3:『喜多郎 ザ・ベスト・オブ・テン・イヤーズ』(COCB-53373 05.07.27 ¥3,800)
喜多郎の自薦ベスト。リミックス版の「コズミックラブ」を収録。
『喜多郎 亜細亜・シルクロードの旅』(SDCS-1004 98.11.18 ¥2,400)
1984年にアジアツアーを行った時のライブ盤ですが、「コズミックラブ」が1曲だけ収録されています。
*4:いうまでもありませんが、あくまで電子音楽の媒体としてのシンセサイザーの話です。
*5:『交響組曲「1000年女王」』(C28R0091 82.03.-- ¥2,800)
*6:現在では『鋼の錬金術師』とか『リトルウィッチアカデミア』等の大島ミチル氏が多くの作品で海外オーケストラを多用していますが、この人くらいになるとそれぞれのオケの音とかわかった上で、自分で注文付けたりして作り上げていくので問題ないのですが、80年代当時だと演奏は向こうの指揮者にお任せ状態だったのかと思います。
*7:一般的な傾向で言えば、日本のオーケストラは弦楽器が厚いのだけど、欧米のオーケストラの多くは管楽器が厚いような感じは大きいです。
*8:『Oasis Quality & Relaxing』(SDHL-1018 02.06.28 ¥2,667)
*9:オカリナ奏者。この人もNHK特集の『大黄河』のテーマ音楽で脚光を浴びた人ですね。
*10:『ガール・フレンド/デラ・セダカ』(PCCY-50085 17.12.20 ¥2,315)