アニメ音楽年代記

サントラ盤を中心としたアニメ音楽の昔話

宇宙戦艦ヤマト ファイナルへ向けての序曲

1.宇宙戦艦ヤマト ファイナルへ向けての序曲

 81年3月に終了した『宇宙戦艦ヤマトⅢ』のラスト・メッセージで82年公開が伝えられていた劇場版最終作ですが、例によって翌83年春まで持ち越しとなりました。その代わりということでも無いでしょうけど、『宇宙戦艦ヤマト完結編』公開の前年に発売されたのが、この『ファイナルへ向けての序曲』*1です。
 序曲と題打っていますが、いわばイメージアルバムといった所でしょうか。翌年公開予定の『完結編』の作品イメージを音楽アルバムとして作り上げたものです。

 アニメのイメージアルバムといえば、一連の宮崎アニメにように劇伴製作過程のスケッチのようなものをアルバム化したり、「セーラームーン」のように既製の劇伴を離れたところから作曲家のアプローチがあったりしますが、劇場公開の1年も前にアニメ作品自身のイメージ紹介のために作られたアルバムというのは、極めて希有な存在だと思います。
 現在ならプロモーションビデオとかメイキングビデオという展開が考えられるわけですけど*2、当時はビデオも高価で普及率も低かったわけですから、そういう商品発想なんてのは多分、誰も持っていなかったのではないでしょうか。それを音楽アルバムでやってしまったというところがいかにもヤマトらしい点ですね。

  A1.水物語
   2.アクエリアスの神話
   3.大銀河系星雲の衝突
   4.大ディンギル帝国星

  B1.水の惑星アクエリアスとクイーン・オブ・アクエリアス
   2.ヤマト出撃
   3.宇宙戦艦ヤマトメモリアル

 A1は冒頭で奏でられている弥生時代の土笛の音からして、これが従来のサントラ盤では無いということを思い知らしめてくれます。弥生時代といえば水田耕作、水田といえば「水」ということで、弥生時代以降の大和民族と「水」との関り合いを描いているのがこの曲です。もっとも、曲のイメージからは「水」よりも大和民族の民俗的な匂いが遥かに強く感じられるのですが。
 土笛の音色はオーケストラのバラードに変わり、段階的に激しく壮大なシンフォニーへと移っていきます。これまでのヤマトのシンフォニーというのは、「白鳥の湖」に代表される西洋ロマン派の音楽の雰囲気を多少なりとも持っていたのですが、この曲は作りは従来の宮川泰氏の音楽とも変わりは無いものの、そこで奏でられる主題が土俗的なメロディーになっています。従来のヤマトの音楽とは異質で、それでいて違和感の無い新しい音楽がここに展開されていました。
 この曲のモチーフを使った音楽が『完結編』でどのように使われるかというのが極めて興味深かったのですが、残念ながら劇中には使われず、このアルバム上だけの音楽に終わってしまいました。宮川氏の音楽としては『オーディーン』の「大航海時代」につながっていく重要なものだと思います。

 A2はその水の由来にまつわる水惑星アクエリアスの神話を物語る音楽です。冒頭ではお馴染みの「無限に広かる大宇宙」のスキャットが流れ、現在の宇宙と創世神話との橋渡しをしていますが、すでにこの曲だけでひとつの世界を物語ってしまえるほどになっているんですね。まさにヤマト……というより、日本の映画音楽の中でも屈指の名曲たる由縁です。
 そして『完結編』でも使われているアクエリアスのテーマが一瞬だけ流れた後、ストリングス主体のスリリングな音楽が展開されます。アクエリアスによってもたらされる水による災害・破滅などの陰の部分を奏でる曲ですが、力強く奏でられるテーマは、その災害は現実の試練として立ち向かっていかなくてはならない、アクエリアスのシリアスな一面を直感的に現しています。
 アクエリアスの試練を描くテーマとしては非常によく表現されている音楽なのですが、実際の『完結編』では自然状態でのアクエリアスによる試練が扱われていないためか、劇伴としてこのテーマは使われていませんでした。
 音楽はハイテンポに盛り上がったところで再びアクエリアスのテーマが現れ、最後に冒頭と同じく「無限に広かる大宇宙」のスキャットでくくられます。

 A3は『完結編』の一連の事件の引き金になった銀河の衝突を描いた音楽です。冒頭部、ファンファーレのように奏でられるヤマトのテーマの後、リアルタイムで衝突を奏でるように流れるのは『ヤマトよ永遠に』の「新宇宙」のテーマです。以前のシンセサイザー単独ではなく、オーケストラを交えたよりスリリングに力強く奏でられるこのテーマはまさに超自然のカタストロフを想像させます。
 まあ実際に直径10万光年の二つの銀河が亜光速で衝突・交差しても、こんな突然のカタストロフ的な状況が起こるわけはないけど、そんなのは言いっこ無しね。いかにもそういうことが有り得るかのように、真に迫って聴かせてくれることは確かですが……
 途中、『ヤマトⅢ』でのデスラーのテーマが流れることで、ガルマンガミラスの位置する核恒星系の危機が奏でられ、さらに再び「新宇宙」のテーマが流れることで交差した他方の銀河が去っていく様子が描かれます。ここら辺は去っていくと言っても依然として衝突状態は継続中なので、カタストロフ的な雰囲気は継続していますが、微妙に聞こえかたが違います。
 そして再びデスラーとヤマトのテーマが緩やかに流れて、ガルマン本星を見舞うヤマトという図があるわけですが、その後は「新宇宙」のテーマが余韻をもって静かに終わります。
 イメージアルバムということからか、カタストロフそのものの巨大さ、激しさを直截的に表わした音楽になっています。実際に『完結編』のタイトルバックで使われていた音楽だと、もっと優雅でカタストロフの美学を追求したかのようなものになっているのですが。

 A4は新たなる敵、ディンギル帝国のテーマですね。前半部のマーチ的な音楽はディンギル軍国主義的な一面を描いています。「弱い女子供など滅びて当然」という弱肉強食、父権中心の側面も含まれているのでしょう。ヤマトの音楽には珍しい軍隊的なマーチ音楽になっています。
 日本では軍隊的なものは毛嫌いされる傾向があるので、映画音楽のマーチでも、例えそれが軍隊のテーマではあっても軍隊的なマーチ音楽というのは避けられていることが多いのですが、中には安直にそのまんまのマーチを書いてしまう人もいることは確かです。そういう人にかぎってマーチがうまくないので、耳にして失笑せざるを得ないことも多いのですが……
 宮川氏の場合はこれまでそういうマーチが使われていないこともあって*3、この曲が極めて印象に残るわけですが、それゆえディンギル帝国という国家に軍国主義的な匂いが強く感じられてしまいます。
 実際の『完結編』ではディンギル側の音楽はスパニッシュ・ギターの目立つラテン民族系の音楽で作られているので、このアルバムで受け取ったイメージとは微妙に異なっています。しかし、ディンギル艦隊と地球艦隊の戦いのBGMにはこの曲がそのまま使われていますし、ウルクでのロボットホースの出撃シーンにアレグロのテンポでアレンジされたものが使われていて、やはり強い印象を与えています。
 A4の中盤はディンギル帝国の超近代科学と宗教的なものが同居している不気味な様子や、弱肉強食を当然とするディンギル人の内面にアプローチしている曲が入り、ラストは再び前半のマーチ曲が力強くゆったりと奏でられます。中盤の曲も実際の劇伴の主要テーマには使われず、ウルクでの古代とルガール総統の対決シーンに一部が使われていただけですが、それがかえって効果的だったのかも知れません。

 B1は再びアクエリアスの曲です。A2では水の神話に絡めたアクエリアスが描かれていましたが、ここでは現実の水惑星アクエリアスのイメージが描かれています。冒頭数小節、イントロ的な音楽が流れた後、アクエリアスのテーマがスキャット雄大なオーケストラで奏でられます。
 そして「神秘の星アクエリアス」のテーマがピアノとオーケストラで展開されます。ここではクイーン・オブ・アクエリアスのテーマというところですが、実際の劇伴ではピアノ主体のアレンジがなされているのに対して、ピアノコンチェルトとも言えるぐらいにオーケストラが深く絡んでいます。そしてピアノソロの部分では羽田健太郎氏独特の軽やかな演奏が堪能できます。
 最後に再び水惑星アクエリアスのテーマがピアノ主体で奏でられてくくられますが、ここに使われている二つのテーマは『完結編』のアクエリアスの音楽にそのままモチーフとして使われています。それはそれで興味深いのですが、それ以上に劇伴にはない大掛かりなアレンジが楽しめるというのが、このアルバム最大の魅力でしょう。

 B2はいよいよヤマト出撃というわけで、その前に立ち塞がるアクエリアスディンギル帝国の二つの脅威を音楽的に絡めているわけです。冒頭部のディンギル部分の曲は「ウルクの猛攻」として、冥王星海戦でコスモゼロの追跡シーンで移動要塞から機動部隊が出撃していくところに使われていましたが、これといって目新しいところはないですね。手法としては『新たなる旅立ち』の「大戦争」辺りと同じですし。

 B3はメモリアルということで、これまでのヤマトの音楽のメドレーが続きます。新演奏というわけではなく、既製の音源を編集してあるようですからあまりありがたみはありません。
 どんな曲があるかといえば「序曲」のスキャットから始まって『ヤマトよ永遠に』より「二重銀河」「重核子爆弾」「新銀河誕生」。『新たなる旅立ち』より「新コスモタイガー」「自動惑星ゴルバ」「別離」。『さらば宇宙戦艦ヤマト』より「白色彗星」「デスラー 孤独」「大いなる愛」。そして最後に「序曲」のスキャットが再び流れます。
 このメドレーの後に戦艦大和鎮魂曲が続いて、このアルバムの最後を締めくくります。この男声コーラスに始まる鎮魂曲のフレーズは『完結編』ラストの冬月に収容されたヤマト乗組員たちが沖田艦長を見送るシーンにも使われていて、やはり印象に残る曲です。ただし、このアルバムのここに入っている力強いレクイエムの後半は、ちょっとしつこさを感じてしまいます。*4

 アルバムの目的が目的ですから曲中にナレーションが入ってたりして、純粋に音楽アルバムとして聴くには邪魔なところもいろいろあるわけですが、音楽そのものは手堅く作ってあって十分に楽しめることの出来るアルバムです*5。アルバムそのものが目的で作られた音楽ですからサントラ盤よりも楽しめるのは当然かも知れませんが。
 しかし、この手のアルバムだと実際のサントラが発売され、映画が公開されると価値を失ってしまうものなのですけど、このアルバムは今聴いても全然色あせていません。それは、サントラ盤との作りの違いが大きいのではないでしょうか。
 おそらくこのアルバムはサントラ盤のスケッチ的な意味合いは最初から考えられておらず、単独の企画アルバムとしてサントラとはアプローチの異なる方法で音楽が作られたのだと思われます。だからこのアルバムの収録曲はこのアルバムの中で完成されるべくして作られたのでしょう。同じ作品でアルバムを何枚も作るということを考えると、得てして段階的に完成度を調節したイメージアルバムでお茶を濁そうとしているものも見掛けますが、そういう詐欺的な商品展開をすることなく純粋に一個の音楽アルバムとして作られた正真正銘のアルバム、この『ファイナルへ向けての序曲』はそういうふうなアルバムだと思います。

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あとがき

 本来なら83年の『宇宙戦艦ヤマト完結編』の時に合わせて取り上げるようなものなのですけど、サントラ盤だけでもかなりの量になりそうだし、このアルバムには『完結編』そのものからは独立した魅力があるし、何より個人的に思い入れのあるアルバムだったので、こうして単独で取り上げてみました。
 アニメのサントラ盤以前のイメージアルバムでも、ここまで本格的に作られたものは他にはまず無いと思いますけど、あいかわらずヤマトの音楽は贅沢だったのだと思い知らせてくれます。この贅沢も西崎義典プロデューサーあってのものだったので、2010年代に入ってリメイクしてる『宇宙戦艦ヤマト2202』とかでもこういう贅沢はもう出来ないという現実には寂しいものがあります。

 贅沢といえば、毎回素晴らしい演奏を聴かせてくれた羽田健太郎氏のピアノもそうですが、この年にはその羽田健太郎氏の作曲家としての代表作の一つが制作された年でもありますが、その作品についてはまた別の回で。

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(記事初出 ニフティサーブ・アニメフォーラムマガジン館 95.04.05)

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今回のお題のアルバム

YAMATO SOUND ALMANAC 1982-I宇宙戦艦ヤマト ファイナルへ向けての序曲」



音楽のみ(ナレーション、効果音無し)の音源を収録したもの

ETERNAL EDITION File No.8&9「宇宙戦艦ヤマト・完結編」



YAMATO SOUND ALMANAC 1974-1983 YAMATO MUSIC ADDENDUM



注釈内で触れた「『復活篇』のためのシンフォニー」収録盤(『胎動編』の音源ではない)

宇宙戦艦ヤマト復活篇オリジナルサウンドトラック

*1:宇宙戦艦ヤマト ファイナルへ向けての序曲』(CX-7055 82.05.21 ¥2,500)
90年代半ばの一斉CD化の際にCD化された後、現在は「YAMATO SOUND ALMANAC」シリーズの1枚で出ています。

*2:ヤマトシリーズでも劇場版『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』とOVA『YAMATO 2520』のプロモーションのために『胎動編』というビデオ作品が発売されていますが、『復活篇』が製作・公開されたのはそれから十数年も後になってしまいました。この『胎動編』に使われていた「『復活篇』のためのシンフォニー」は、羽田健太郎氏がヤマトのために書いた最後の曲となってしまいましたが、山下康介氏によってアレンジされ『復活篇』本編でも使用されています。

*3:この曲の実際の作曲者は子息の宮川彬良氏だったそうですが。

*4:その後、西崎プロデューサーと松本零士氏の著作権争いの副産物とも言える『大YAMATO零号』でこの曲のフレーズ(『宇宙戦艦ヤマト完結編 音楽集Part3』の「ファイナルヤマト 斗い」に近いアレンジ)が繰り返し流れていたのには絶句しましたが……。

*5:ナレーションと効果音の入ってない素材音源は後にCD化されています。
まず『完結編』の作品中に使用されたA4、B1とB3ラストの鎮魂曲が『オリジナルBGMコレクション 宇宙戦艦ヤマト完結編』(COCC-12874 95.09.21 ¥2,621)に収録され、『ETERNAL EDITION File No.8 & 9 宇宙戦艦ヤマト完結編』(COCX-31160~61 01.03.01 ¥3,800)で全曲収録されました。現在では『YAMATO SOUND ALMANAC 1974-1983 YAMATO MUSIC ADDENDUM』(COCX-39257~9 15.10.28 ¥4,500)で全曲聴くことが出来ます。